東京高等裁判所 昭和26年(ネ)92号 判決
控訴人は、原判決を取消す、被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする、との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張した事実関係、並びに書証の提出及び認否は原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
控訴人が女子教育を目的とする財団法人であること、被控訴人らが控訴人の理事会によつて控訴人の評議員に選任せられ、現にその任にあること、被控訴人ら主張の書類、すなわち(一)控訴人の昭和二十一年度から昭和二十四年度までの財産目録、(二)昭和二十一年度以降の控訴人の理事会及び評議員会の議事録、(三)控訴人の昭和二十一年以降の收入及び支出に関する帳簿及びその受取証などの証憑書類(金銭支払に対する受領証、預金通帳、手形小切手発行控帳、工事請負の見積及び契約書を含む)が現に控訴人の占有するものであることは当事者間に争のないところである。
被控訴人らの主張によれば、被控訴人らは控訴人の評議員として、控訴人の事務処理改善の根本策をたてるため、前掲書類の閲覧及び謄写をなすことを、控訴人において認容すべきことを求めるというにある。しかして、被控訴人らは、右の行為の認容を求める根拠として、民法、控訴人の寄附行為、及び昭和二十五年三月十五日より施行の私立学校法を挙げている。
しかし、控訴人が私立学校法附則の規定に従つて組織を変更し、同法による学校法人となつたことは、いずれの当事者も主張しないところであり、控訴人が現に民法による財団法人であることは明らかである。(このことは、控訴状添付の法人登記簿謄本によるも明らかである。)それ故、本件事案の判断について、私立学校法の規定に準拠することは相当でない。
控訴人が財団法人である以上、その準拠法が民法であることはいうまでもないが「評議員」なる機関は、民法の規定に存しないものであり、また、控訴人の事務処理につき適用される特別法である学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号、同年四月一日施行)にも、「評議員」に関する規定はない。(控訴人は、明治三十二年八月三日勅令第三五九号私立学校令を引いて論じているが、右勅令は学校教育法第九十四条により昭和二十二年四月一日をもつて廃止されたものであるから、本件において引用することは適切でない。)そこで、評議員に関する明文の準拠規定としては、控訴人の寄附行為中に規定があるだけである。すなわち、寄附行為によれば評議員は評議員会を組織し、理事及び監事を選任し、かつ理事会の諮問に応じ(第十八条)、寄附行為の変更につき同意をなす(第二十四条)権限を有することは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証(控訴人の寄附行為)によれば、評議員会は必要に応じ理事会長が招集するもので、その定足数は評議員総数の三分の二であり(第二十条)、評議員会の決議は出席者の過半数によつて決せられ、可否同数のときは議長(理事長には他の理事これに当る)の決するところによる(第二十一条)と定められていることが明らかである。これらの寄附行為の規定によれば、評議員は控訴人の法人としての組織上、合議体をなしているその機関であつて、理事、監事を選任し、理事会の諮問に応じて意見を述べることによつて、控訴人の法人としての活動に寄与しているものというべきである。それ故、合議体の一員である評議員の各自がその職責を遂行するための必要上控訴人の事務処理状況を調査することは、控訴人において、当然認容しなければならないところである。一体、財団法人は公益を目的とするもので、営利を目的とするものではないので、その業務は主務官庁の監督に服し、主務官庁は何時でも職権で法人の業務及び財産の状況を検査することができるのであるが、一面においてまた、法人の構成分子、殊にその各機関は、共同の公益目的に対して奉仕するものであるから、その構成分子間には営利法人のような利害関係の対立はない筈である。それ故公益法人にあつては、業務及び財産の状況を当該法人の機関の一員に対し秘密にしなければならぬ理由がない。公益法人の業務及び財産の状況は、当該法人の機関の一員に対しては、当該法人の目的達成に寄与するためであるかぎりこれが調査を許すべきものである。もちろん、すべて権限の濫用は許さるべきではないのであるから、評議員が当該法人の機関の一員であるからといつて、他に悪用する目的で、当該法人の業務及び財産の状況を調査することは許さるべきでなく、かかる場合は理事においてこれが調査を拒否し得るものといわなければならない。しかし本件においては、被控訴人らが控訴人の事務処理状況を調査しようとすることが、控訴人の目的としている女子教育のための学校経営以外の別の目的に悪用しようとするものであることは、控訴人の主張しないところであるから、控訴人が、被控訴人の求める事務処理状況の調査を拒否することのできる理由を認めることができない。それ故、被控訴人らは控訴人の事務処理状況を調査するため前掲書類を閲覧し、かつ、これを謄写する権限を有し、控訴人はこれを認容すべき義務あるものといわなければならない。
控訴人は、(一)民法、その他の法令、及び控訴人の寄附行為に、評議員に対し、前掲書類の閲覧謄写を許す明文の規定がないこと、(二)控訴人の行為、すなわち理事の活動に対する監督機関は、内部的には監事であり、外部においては主務官庁たる文部大臣であること、(三)寄附行為の規定上、評議員会としては権限を有するが、評議員個人としての権限は認められないこと、(四)仮に評議員個人が書類の閲覧権を有するとするも商法第二百六十三条、第二百八十一条、第二百八十二条、第百五十三条の規定と対比して、書類の謄写権を有するものと解し得ないこと等を理由として、被控訴人らの請求は失当であると主張している。しかし、(一)評議員は、民法による財団法人の必要機関ではなく、寄附行為によつて設置することができる任意機関であるから、これが権限については、寄附行為の明文をもととし、民法の法人に関する規定の精神と条理とをもつてこれを補いその権限を明らかにすべきであつて、明文の規定がないことの一事をもつて、前掲書類の閲覧謄写を拒否することができないことは、さきに説示したとおりである。(二)内部的監督機関及び外部的監督官庁があることは、他の内部機関である評議員の権限をせばめるものではなく評議員に対しその設置された目的を達成するために必要な権限を認むべきことは、さきに説示したとおりである。(三)評議員会を構成する評議員個人として評議員会における権能を行使するための準備調査をなすことを認めることは、評議員会の職責を遂行せしめるために欠くべからざることであつて、当然許容すべきものである。(四)商法の規定する営利会社については、法律は社員相互間または社員と執行機関との間の利害関係の調整をはかるため会社の書類閲覧等に関し詳細な規定を設けている。これに反し、民法による公益法人については、構成分子間に利害関係の相反するようなことは法律の予期しないところであり、かつその運営上官庁の監督に服するため、右の点に関する法律の規定が著しく簡略であるから、本件のような財団法人にあつては、寄附行為と条理とにもとずいて解釈するの余地がおのずから広く、商法の規定に基ずいてのみ帰納的に解釈することは必しも適切ではない。前示のように、閲覧権ありとする以上調査の目的を到達するに必要な場合閲覧と同時にその必要部分を謄写することは当然許さるべきである。その他控訴人が被控訴人等評議員に書類の閲覧謄写の権限なしと主張する論拠はいずれも当裁判所の前記説示したところと異る見解に出ずるものでこれを採用することができない。
しかし寄附行為において前記のような職責を有すると定められる控訴人財団の評議員会は、その職責をつくすために控訴人財団の財産状況業務執行の実情を知る必要ある場合に控訴人財団の理事にたいして報告を求め帳簿その他の書類の開示を求める権能を有すると解するのは相当であるけれども、評議員会の構成員たる評議員各自がその構成員たる職責遂行上必要であるとして、右と同様の権能を有すると結論することはゆきすぎであるとの反対論が考えられる。国会の両議院は各種議案の審査、国政に関する調査を行う権能を有すると定められる。だからといつて、両議院の議員各自は内閣ないしその所轄の行政庁にたいし、国政に関し報告を求め記録の提出ないし開示を求める権能を有すると解しておかしくないであろうか。両議院が前記の職責を有するとされることから、両議院が前記のような権能を有すると解することは、ほとんど当然の結論であろう。国会法第百四条に「各議院から審査又は調査のため、内閣、官公署その他に対し、必要な報告又は記録の提出を求めたときは、その求めに応じなければならない」と規定されるのは右当然の解釈を明確にする意味と解すべきである。もし、両議院の構成員各自が右のような権限を有するならば、これに関しても、また、国会法に右第百四条に相応する規定あるのが相当である、しかし、そのような規定はないところをみると、議員各自がかような権能を有すると解すべきものではないのである。破産手続における監査委員の職務の執行は過半数をもつて決するものとされており、合議体制の機関である(破産法第百七十二条)、この合議体たる監査委員がその職務執行のために必要があるときは、破産管財人にたいして、破産財団に関する報告を求め、または破産財団の状況を調査することを得るは当然であると解されるけれども、構成員たる各監査委員に同様の権能ありと解することはできない、しかし、各監査委員にかような権能をもたせることが、破産手続目的達成上適当であるとの見地から、破産法第百七十三条に「各監査委員は何時にても破産管財人に対して破産財団に関する報告を求め又は破産財団の状況を調査することを得」と定めたものと解するのが相当である、これらの例からみても、一般的に、公私の団体の合議体制の機関の構成員各自がその機関の職務執行に参与するために必要であるとして、団体の他の機関ないし構成員にたいして報告を求め、または、記録の提出ないし開示を求める権能ありとすることは、明文の規定をもつて与えられる場合のほか、失当であるといわなければならない。(商法第二百八十二条第二項に定められる株主の書類閲覧謄本抄本交附の請求権は、同法第百五十三条所定の合資会社の有限責任社員の、書類閲覧請求、業務の状況検査の権能と同様に会社の構成員(社員)たる資格による権能であつて、株主総会の構成員であるからというわけで与えられる権能ではないと解すべきであるから、本件の問題については参考の価値がない)こういうわけであるから本件の寄附行為のように、評議員会の職務権限が定められているだけで、構成員たる各評議員が控訴人財団の財産の状況業務の執行について調査をする権能を有する旨の定めのない寄附行為のもとでは控訴人財団の評議員各自が、控訴人財団の帳簿その他の書類の閲覧を求め、これを謄写する権能を有することは、とうてい認め得ないところである、というのである。しかし、この反対論は当裁判所は、これを採用しない。
それ故、控訴人に対し、被控訴人らが控訴人の占有する前掲書類を閲覧し、これを謄写することを認容すべきことを命じた原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものである。よつて控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 藤江忠二郎 猪俣幸一)